私の妊活の最大の敵

高校時代から10年以上交際していた主人と結婚したの20代最後の秋のことでした。

付き合った期間は長いし、年齢的にもそんなに若いというわけではなかったのですが、しばらくは新婚気分を味わおうね、といって避妊をしていました。

しかし一年後にそろそろ赤ちゃんのことを考えようと話し合いって避妊することをやめました。

私としては避妊をやめたらすぐにでも赤ちゃんはできるかな?と思っていたのですが、1年経っても2年経っても妊娠の兆候はまったく見られませんでした。

そして3年目になると段々焦りが出てくるになりました。

その頃住んでいたアパートはファミリー型で赤ちゃんや小さい子を見かけることも少なくありませんでした。

他のお家のベランダにこどもの衣類が干してあるのを見かけるたびに「みんなこどもがいるのに家にはこどもがいないんだ…」と心が締め付けられるような思いになったことを今でも覚えています。

そんなある日の夜、誰かがひどく泣いている声が聞こえてきました。

どうやら正面のアパートに住む2~3歳のこどものようでした。

しばらくすると泣きやんだのでホッとしているとアパートの外階段をものすごい勢いでかけあがる音がしました。

すると我が家のドアを男性が大声で叫びながら壊れそうな勢いで蹴りだしました。

何事かと思っていると女性の声で「違うよ、そこの家にはこどもいないから」と話ているのが聞こえてきました。

すると何事もなかったようにふたりは立ち去っていったようでした。

後から隣人から事情をきいたところ、あまりの泣きっぷりに虐待を心配した家の隣の住人がそのお宅まで話をしにいったそうです。

虐待を疑われた若い父親が逆上して追いかけてきたとのことでした。

私としてはドアを蹴られた恐怖よりも「その家にはこどもがいない」という言葉が耳について離れませんでした。

その日をきっかけに基礎体温計をしっかりつけ排卵日を確認しながら妊活に力を入れるようになりました。

ところがやはりそれでも赤ちゃんはできない。そうなるとストレスのせいか生理も乱れてくる。

自分流の妊活にも限界を感じた私は「そろそろ病院に行ったほうがいいのかな」と主人に相談しました。

すると主人は「俺は今十分幸せだよ。俺らは俺らのペースでいいんじゃないかな」と言ってくれたのでした。

その言葉をきいた私は「こども」に縛られて目の前の幸せを見逃していたことに気がつきました。

「そうだよね。私たちには私たちのペースがあるんだ」私は色々なルールに縛られた妊活は中断して自然に任せるようになりました。

するとあんなに基礎体温やタイミングを測っても妊娠しなかったのに第1子を妊娠・出産することができました。

2年後には第2子も生まれ現在では4人家族です。

第二子は産み分けをしました・

一人目が男の子だったので、二人目は女の子がよいな~と軽い気持ちで産み分けゼリーを使ってみました。

それほど真剣に産み分けしたわけではなく、授かればどちらでも嬉しいという気持ちのもとにピンクゼリーを使ってみました。

安全のために産み分けゼリー 比較はいろいろしました。

その中でピンクゼリーというものを使いました。

私にとってストレスが一番の妊活の敵だったようです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です